横浜北部の総鎮護の宮「師岡熊野神社」

関東随一の大霊験所 師岡熊野神社(もろおかくまのじんじゃ)

ここがなぜ「関東随一」なのか。それは光孝天王の勅願所だった神社だからです。

勅願所(ちょくがんじょ)とは


天皇自らが祈願する国の安寧や、何某かの重要な御祈りを、

その神社仏閣の宮司様や和尚様が天皇陛下に代わって、神様や仏様に御願いする場所の事


つまり、この師岡熊野神社は古くは光孝天王の時代から、

天皇家が祈願を依頼した霊験あらたかな場所と言う訳です。


* 光孝天王(830年-887年没) 百人一首の「君がため 春の野に出でて 若菜摘む 我が衣手に 雪は降りつつ 」を詠んだ方です。



入り口の鳥居には 光孝天王から下賜された勅額「関東随一大霊験所熊埜宮」の文字が掲げられています。
(当初のものは関東大震災で壊れたため現在のものはその写しです)



師岡熊野神社は 神亀元年(724年)創建

御社紋は三足鳥の「八咫烏(やたがらす)」で

同じ三足鳥が日本サッカー協会のシンボルマークでもあるため

近年はサッカー神社としても親しまれています。
  








この神社には古来より大切にされてきた三つの池がありました。

まずは「いの池」


「いの池」は上空から見るとひらがなの「い」に形が似ています。


左右逆だともっと「い」に近いですね。あ、逆さまにみればいいのかな。


この池は昔から灌漑用のため池として使われていました。

また、この池の水をすくうと雨が降るという言い伝えがあり、雨乞いの儀式が行われていたそうです。

片目の鯉の伝説も伝わっていますがそちらは最後に記載。


池の真ん中には水神・弁天社が祀られています。

訪れた時には社の裏からきゃっきゃと笑う女の子の笑い声が。
いや、見ちゃいけないやつじゃないです笑。お母さんと娘ちゃんが楽しそうに遊んでました。
地元の方の憩いの場になっているようですね。



そしてここから道路を挟んで階段をのぼり本殿へと上がります。




本殿での参拝を済ませ裏手に行くと、こちらには「のの池」があります。




「のの池」の水はどんな干ばつでも干上がることがなく
どんな大雨でもあふれることがないと云います。


案内板によると落雷による社殿火災の際、この池に大事な神宝などを投げ入れ焼失をまぬがれたとのこと。


現在池の周りは囲まれて保護されていますが、とても小さい池で
(わかりにくいですが賽銭箱の後ろの黒い部分)

大雨が降ったら忽ち溢れてしまいそうな、水たまりと言っていいぐらいの大きさ。


その昔は海に囲まれていた丘でそこに自然に湧き出ていた湧水だったので

人々からとても大切にされていたそうです。



池のすぐ上で慈しむかのように大きな木が見守っています。



「いの池」「のの池」と続いて、次は「ちの池」なのですが。


残念ながら「ちの池」は昭和50年代、開発により埋め立てられており

現在「大曾根第二公園」となっています。(通称:ちの池公園)


なんとも残念ですが…一度失ってしまったものはもう戻りません。

いま現在残っている二つの池がこのまま残り続けてくれるのを祈ります。




「いの池」に関してはその形から「い」と名付けられ

「のの池」は「の」の字のように丸みを帯びてるから

「ちの池」も勿論「ち」の形をしていて…ではなく、


昔、身重の巡礼の女性が池の近くを通りかかった時、産気づき子どもを産み落とした。

そして、その苦しみから子どもを手にしたまま池に身を投げた。

その翌朝、池の水は真紅に染まっていた。

それから、誰からともなく「ちの池(血の池)」と呼ぶようになった

という伝説が残されています。


実際に池が赤かったわけではなく、普通に丸い池だったようですが

この伝説から「ちの池」の名前が付いたのかも知れないですね。




「いの池」「のの池」「ちの池」と

三つのため池は農耕や人々の生活のために使われていた水。

まさに「いのち」をつなぐためのもの。


その水が自然と湧き出していた泉を有していたこの神社は、古来よりとても大切な場所として

北条早雲公・徳川家康公・徳川家光公・徳川家綱公などからの信仰も篤かったようです。






そして、この神社の裏手は小高い山になっていて登って行くと権現山広場にでます。

広場自体はそれほど大きくないですが、生い茂る木立の間から街並みを垣間見ることができます。




ここから見えてる景色も昔は海だったわけで。
この山の斜面で貝塚も発見されています。


特に何がある、という場所ではないけれど
とても静かで癒される場所でした。






*「片目の鯉の伝説」

熊野神社の権現様が悪者を退治した時に

弓矢で片目を射られてしまい

その時に「いの池」に住んでいた鯉が

権現様のために自分の片目を差し出した

という伝説が残されています。




師岡熊野神社ホームページ → http://www.kumanojinja.or.jp/







2017/01/11 撮影