町の要壁



私「あれ、レンガ塀が」
友『(謂れを)調べるといろいろ出てきますよー』
この日、おすすめ撮影スポットを教えてくれたカメラ仲間にそう言われて一枚ぱしゃり。
帰宅後気になって調べてみた。


実は先日穴守稲荷神社に訪れた際に、付近の多摩川沿いを散策中にも目にしていた煉瓦塀。


うねうねと伸びてく煉瓦塀。多摩川の昔の流れを表現してる感じ。

5?


が、その時は住宅街の中で見かけた事もあり、ひたすら「???」っと…
気にはなったけれど後日調べてみよう…で放置していた件。


かつての多摩川はかなりの暴れ川で、この多摩川河口付近は特に、たびたび洪水を起こしていたらしい。
明治40,43年の水害は特に多摩川全域で膨大な被害を及ぼし、その後大正2年にも大きな水害があって、
近隣住民による堤防整備の請願が行われ堤防が築かれることになった。
大正7年から行われた河川改修工事でこのレンガ造りの堤防が築かれたが、
大正12年の関東大震災によってほとんど崩壊。
この震災により「多摩川改修工事」は、大正7年から8年までの予定だったのが、
昭和8年までの総計16ヵ年の継続事業となった。
この煉瓦塀は水害のみでなく、空襲の際には川へ逃げた人々を街の炎から守った。


すでに道路事情?により埋められたもしくは壊された部分もあるようだけれど
こういった遺構が現在の街中に溶け込んで共存、残っている事が嬉しく思う。
これからもなんとか残していって欲しいと願うばかりです。



※現在の多摩川はこの写真には写り込みもないぐらい離れて写真の右側を流れています。

※羽田三丁目から六丁目(大師橋袂から現堤防の一本奥の道路沿いを海老取川河口付近)にかけて、旧レンガ堤防が残っている。

※要壁…物事の大切な部分、物事のかなめ。




こちらのサイトが非常に詳しく載っていて大変参考になりました。
 記事引用元▶️ GNR Golgodenka Nanchatte Research